叉燒包國際有限公司 Cha Siu Baau International Ltd.

丸くてホカホカな叉燒包が好き。ホンコンヤンは叉燒に本気だよ。

納豆とイノベーション

納豆という食品がある。大豆を納豆菌で発酵させたアレだ。

3パック程度に束ねられ、コンビニエンスストアからスーパーマーケットにまで100円前後で常時配備されてる。関西では食べないなんて噂も聞くけど、僕はカントー地方やカントン地方の方が植生ならぬ"食生"が近い人間なので、納豆は比較的ポピュラーな日本人の朝食向け食品として認識されている。

ところで納豆という食品はパッケージを開封して即座に食せる訳ではない。大きく分けて「撹拌、タレ散布、再撹拌」の3つの加工過程を経て食されるわけだが、どの工程も非常に面倒くさい。2度に渡る撹拌工程は、革靴を脱ぎ捨て216円程度のおつまみと缶ビールを開け、ささやかな贅沢を味わっている東海道新幹線の自由席ビジネスマンと張り合えるレベルの臭気を放つし、何より格納容器内に添付されているタレはデフォルトでネバネバ成分が付着していて"どこからでも切れません"状態なのはもはや周知の事実だろう。

 

納豆特有の臭みが年々弱くなっている。

記憶が定かでないが、初めて自らの意思で口にした納豆は茨城県に行った際に旅館が提供した紙容器に入った納豆で、水戸かそこらの地場メーカー産だった。香港滞在時間に比例しておばちゃんの愛想がないのに抵抗が無くなるように、日本滞在時間に比例して納豆の臭みに対して抵抗がなくなっている説も否定はできないが、昨今の量産型納豆は本当に納豆のにおいがしない。

残念ながら、僕は納豆製造事業に携わった事も関係者の友人もいないので事情がわからない。しかし、それでもインターネットの腐海を少し調べてみると"納豆のにおいが気になる消費者"に応える形で、納豆製造業者らが"納豆のにおい"を"納豆単体のにおい"と"食後の臭気"と定義付けし、科学的根拠に基づきにおいの少ない納豆を開発していることが確認できる。

イノベーションだ。別に黒いTシャツを着た禿げたおっちゃんが得意気に壇上に立つ訳でも、卵かけご飯が窮地に陥り養鶏場のニワトリが大量リストラされるほど納豆が売れる訳でもないが、3パック100円台の製品に対してここまで科学的なアプローチが取られているとは思いもしなかった。

個人的には「納豆のにおいが気になる消費者」という典型的な現代型日本人消費者の矛盾した態度が気に食わないが、潜在的需要の掘り起こしは企業の仕事なので文句は言ってられないのだろう。いかんせん"匂わない芳香剤"が売れる国なので仕方があるまい。

 

それにしても"納豆のタレ"もイノベーションの例外ではないらしい。

かつては納豆とフィルム一枚挟んで載せられていたタレとカラシであるが、量産型納豆にもはやその面影はない。"納豆のタレ"は納豆容器の一部を間借りし、箸で混ぜると液状になるゼリーを経て、やがて格納容器のフタ側に再び液状で添付されるようになった。

容器フタを半分にパキッと折るとタレが出てくるこの方式であれば、消費者はネバついて開かないタレ容器に触れる必要も、今にも飛び出そうなつるつるしたゼリーを歪な容器内でこねくり回す必要もないし、メーカー側もコスト要因であるフィルムが不要となれば"みんなハッピー"ということなのだろう。

 

その裏で「からし」が犠牲になった。

"どこからでも切れないタレ"と比較しても、からしは常に切れ目が深く入っていて一発で開封できる、そんないい奴だった。

そんな彼も、もう納豆のパックに帰ってくる事は無いだろう。イノベーションはタダじゃない。イノベーションの弊害だ。愛想をふりまき仕事も出来る受付嬢も、ひとたびイノベーションの餌食となれば、味も素っ気もなく押させる気もなさそうな小さなダイヤルボタンのついたシルバー色の内線電話に置き換わる。

 

ちなみに私は、箸で納豆を撹拌させた時に納豆の容器の底にヒビが入る方が問題だと思っている。おそらく発泡スチロール製の容器の底が薄すぎるのだろう。

この点に関してはイノベーションよりもコスト削減の建前が勝ってしまうのが昨今の日本のようだ。